第1話:プロローグ

  • 牛丼屋でアルバイトしよう
大学を進学を機に上京してきた主人公、松野謙信(まつのけんしん)は、まじめに学校に通うも、特に目標も持てず、パチスロに明け暮れる日々をおくっていた。いつものように、所持金がなくなるまで遊んだ彼は、友人に誘われるまま牛丼テェーン店『牛屋(うしや)』に足を運ぶ。

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【小説版】

その日、俺はー『運命』と出会った。

運命の場所は、どこにでもある「早い・安い・美味い」がキャッチフレーズの牛丼屋『牛屋(うしや)』だった。

—2000年6月

大学受験を機に、俺は故郷の田舎から出て東京で一人暮らしをしていた。

大学といっても一年間浪人して、唯一合格した滑り止めに受けた私立大学ー・・・希望していた教育学部ではない。

教師を目指していた自分であったが、なりたい気持ちよりも、親に必要以上の生活費を出させてしまう申し訳なさから二浪を諦めこの大学に入学した。

学費から引っ越し費用、生活必需品を用意してもらったのだから、結局はかなり負担はかけてしまったのだが。

それでもまだかすかな希望はあった。受講する授業を決める際、高等教育の免許が取れるカリキュラムがあることを知った。

藁にもすがる気持ちで進路指導室に足しげく通い、授業のスケジュールを相談するが、指導員の「まあ、うちの大学卒業しても教師にはなれないけどね」の一言で再加熱した教員の夢は一瞬で消え失せてしまった。

就職氷河期だったその時期は、地元の大学か国立大学を卒業した人間しか教員を採用しない。地方出身の自分がなれる確率はゼロに近い。

俺は指導員の言われるまま『公認会計士』の資格が取れる受講カリキュラムを組むことにした。

「松!この前は統計学のノートサンキュー♪・・・で、今日の簿記原理のノート見せてもらいたいんだけど~」

彼の名前は城野龍太。オリエンテーションの時に隣だったことから知り合った、上京して初めてできた友人ーと思っていたが、あちらとしてはノートを写させてくれる便利なカモくらいの存在なのだろう。

授業中はたいがい寝ていて、休み時間になると決まってこうやってノートのコピーをせがんでくる。

そういう俺は教師になれないとわかった今も、まじめに授業には出ていた。

「おお!さすが松!わかりやすっ!へーあのハゲが言ってたのこういうことだったのか~」

そう。お世辞に言ってもこの大学の教諭たちの教えた方はうまくない。

それ程偏差値の低い大学ではないのだが、所々に専門用語を入れてみたり、どうでもいい雑談を挟むことで、まともに全部聞いていると頭の中は支離滅裂になる。

対抗意識なのか、「俺ならこう教える!」といったように黒板の写し以外に、教諭のコメントをメモり、さらにそれに赤字を入れたノートは子供の時にやっていた通信教材を彷彿させるものになっていた。

つまり、俺は教師になる夢を諦めきれないでいたのだ。

「よし!これで次の小テストはバッチリだ。景気づけに一発打ちにいこうぜ!」

『打ちにー』とはパチスロを意味していた。上京してから覚えた悪い遊びの一つ。

希望を失ってからむしゃくしゃしてたのもあったが、受験勉強の解放感や夜の街のきらびやかさに魅了されてしまっていたのかもしれない。

運がいいのかこれまで勝ち負けはほぼなく、勝った日は手持ちの金がある限り遊び続けていた。

仕送りをもらっている身ではあったが、それほど罪悪感はなかった。

だが、その日は違った。

夕飯を食べる前だというのに、財布の中は小銭しか残っていない。

まだ次の仕送りまで一週間以上あるー・・・パチスロですったから金を振り込んでくれなど言えるはずがない。

ふいに現実に戻され、今までの怠惰な生活の情けさがこみ上げてくる。

空腹も重なってか、しばらくそのまま立ち尽くしてしまった。

「おいおい松?大丈夫か。あちゃー生活費全部つぎ込んじゃったかー・・。俺も貸してやるほど金ねーしな・・・ まっ!取り合えず飯でも食いに行って落ち着こうぜ!」

何を言ってるんだこいつは?もう数百円しか残ってないのに外食など出来るわけがない。

「よし!じゃあ行こうぜ。牛屋!」

『うしや』?

聞いたことない店だった。地元の田舎にはなかったが、どうやら300円前後の格安で食べれる『牛丼チェーン店』らしい。

普通ならばスーパーで、もやしでも買って食いつなげたいところだが、思考回路が追い付かずそのままなし崩し的にその牛屋に行くことになった。

店に足を踏み入れると、それまでモヤのかかっていた頭が一瞬にしてクリアになるのを感じた。

格安の店と聞いていたので、子汚い店を予想していたが、カウンターテーブルの店内はチリ一つなく、暖色の照明に照らされ輝いてさえ見えた。

「いらっしゃいませ!!」

客をもてなす決まり文句のはずなのに、なぜか元気づけられるよう感じる軽快な声。

その声のするほうに目を向けると、俺の頭にまた一気にモヤがかかる。

「ん?」

言葉になっていないが的を得た率直な感想だった。

むしろ言葉にできないことが正しい答えのようにも感じる。

そこには、色白だがプロレスラー顔負けの体格をした、宇宙人という比喩が一番近いと思われる存在が、満面の笑みを浮かべて俺たちをむかえてくれていた。

「牛丼の並二つお願いします」

いつの間にか俺の分の食券を買っていてくれた城野が、その得体のしれない何かに普通に話しかけ手に持っていたそれを手渡した。

「いつもありがとうございます。牛丼の並盛二丁ですね?ありがとうございます!
 ナミモリフタチョウ!!!

店内にナミモリフタチョウの言葉が響き渡る。

「俺ここの常連でな。たまに店長さんとも話したりするんだ。」

店長?未だ理解が追い付かないままさらに衝撃が走る。

「お待たせしました。牛丼の並盛二丁でございます。」

早っ!まだ一分も経っていない。その提供スピードにも驚いたはずなのだが、何より配膳した物体がその感情を吹き飛ばした。

牛丼を持ってきたのは、その丼と同じくらいの大きさの人面キノコだった。

「キモっ!!」

あまりの衝撃に、他の客に迷惑がかかるとか、営業妨害とかおかまいなしに絶叫してしまう。この二体を前に冷静を保てるほど肝は据わっていない。

と、いうか終始驚きもせず、普通に接している城野には違う物に見えているのだろうか?

「驚かせてしまい申し訳ありません。キノコの手も借りたいほど、人手のない店舗でしてー・・・」

店長らしき物体が申し訳なさそうな笑顔で謝罪してくれたが、残念ながらフォローして欲しいところはそこではない。もっと言うとキノコに手はない。

「どうした?食べないのか?体調悪いのか?」

隣で城野が心配そうに顔を覗き込んでくれるが、やはり心配のベクトルがちょっと違う。

目の前に牛丼らしき物が置いてあるが、美味しそうとか云々の前に得体のしれない者が出した物を食べ物と認識できないでいた。

店の中には俺たち以外にも客はいるのだが、不審に思っているのは私だけなのだろうかー・・

「ふざけんな!こんんあ物が食えるか!」

突如、ガチャンというテーブルを叩く音が店内に響いた。いかにも悪そうな金髪のいかつい男が厨房に向かって怒鳴っていた。

普段なら驚くき、嫌悪する状況なのかもしれないが、不謹慎ながらこの時は自分と共感してくれたことに安堵を感じてしまう自分がいた。

「どうなさいましたか?お客様?」

「ああ?どーしたもこーしたもねえ!
牛丼の中に髪の毛が入ってるじゃねえか!

違う!そうじゃない!それじゃ単なるクレームじゃないか。

それにどう見てもあの男の金髪だ。こんなコテコテのいちゃもん初めて見た。

「た・大変申し訳ありませんでした!すぐ別の商品をー」

「謝ってすむもんじゃねえだろ!ってか何てめえヘラヘラしてやがんだ!」

おいヤメロ。この段階で顔にふれてはいけない。きっとあの宇宙人は擬態できていると思い込んでる。

いざとなったら目からビームで店内の目撃者をを一掃させて、証拠隠滅をはかるかもしれない。

隣の城野はというと、心配そうにあの宇宙人を見つめている。違う!そっちじゃない。

どうする?金髪男を止めてあの宇宙人のご機嫌をとるか?それともヤツに注意がいってる間に城野と一緒に逃げるか?

「ふざけるのもーいいかげんにしやがれ!」

命の選択の決断を待たず、金髪男は持っていた丼を宇宙人に向けて投げつけた。

鋼のような体にそんな些細な攻撃は皆無だ。それよりも、攻撃にされたことに怒りこの辺一帯を火の海にー

ーしなかった。

「あー・・・赤い血だ・・・」

宇宙人と思われる男は、頭から血を流しその場に立ち尽くしていた。

「やっべ、コイツ毛がなかったわ」

「違う!!そっちじゃないズラ!!」

思わず声が出た。ちょっと方言も出た。何で出たかわからない。相手は人ではない宇宙人だ。怪我をしてもかまわないはずだ。

でもそれは違うと思った。

「あん?テメエは関係ねえだろ?何だやんのか?」

久しぶりに典型的な不良の決まり文句を聞いた気がする。確かあの時もこんな風にもめごとに割って入ったんだ。

そしてまた何が正しいか考える前に、俺の体は動いていた。

腕まくりをする俺ー 拳を鳴らす金髪男ー おろおろする城野ー ニコニコする宇宙人ー 

ー・・・ニコニコ?

「お客様ー・・・」

張り詰めた空気に似合わない穏やかな声が響き、白い巨人は語り続ける。

「牛丼の中に異物が混入してしまったのは、調理・配膳を担当しました私の責任です。お客様のお怒りはごもっともでございます。万が一、お客様の体調が損なわれることがございましたら、慰謝料を含め、入院費、通院費全てこちらでお支払いいたします。」

決まり切ったクレーム対応のセリフ。やりすぎとも思える馬鹿丁寧な接客。

「本日は誠にー・・・申し訳ありませんでした。」

深々と下げる頭から、赤い鮮血が床一面に広がっていた。

「ちっ・・・馬鹿じゃねえの?そんな軟な体に見えるかっつうの」

そうつぶやくと金髪男がきまり悪そうに背を向けた。

「ですがお客様!この時期の食中毒を軽んじてはいけません!余りもののカレーだってー・・」

「ってか!まず自分の心配しろよな!そんなに流血してよお!」

自分がやったのにーっとツッコミを入れたかったが、その言葉は不適切であることを感じ口にはしなかった。

相手の傷を本気で心配する金髪男。自分の傷をそっちのけで本気で相手の体調を心配する店員。

明らかに店内の空気が変わっていた。

客の暴行。店の行き過ぎた謝罪対応。傷害罪ともネットで大炎上ともなり得る現場のはずだった。

ーだが、そこには時頼笑みさえ浮かべるやり取りが交わされていた。

そしてー

「ー・・・・また、食いに来ていいか?」

再来店を望む彼だが、当然こんな危険人物はご遠慮願いたいところだ。

「もちろんです。またのご来店をお待ちしております。」

ー・・・ここは良くも悪くも普通ではない。

「ありがとうございまました!またご利用くださいませ!」

来た時と同じく元気な声でお客様を見送る、広い背中の店長ーと手のひらサイズのキノコ。

気が付くと、今までずっと不審に思っていたその白い姿の存在を、自然と『店長』と呼ぶ自分がいた。

床に広がった血を掃除したあと、店長は怪我の治療にと事務所に戻った。

救急車を呼ぶことをすすめたが、大事にしたくないとのことだった。

「10分もすれば完治しますので」

なんて冗談も言えるくらいだから大丈夫だろう。-・・・冗談だよな?

それにしてもいいものを見せてもらった。上京して特に人と深く関わらず、殺伐とした日々を送っていた自分には胸が熱くなる光景だった。

目の前に置かれた牛丼も、数分よりも美味しそうに見え急に空腹を感じ、俺は目の前の箸置きに手を伸ばした。

「お?食欲が戻ったか?」

おうよ!と城野に答え、一口入れようととするとー

「お待ちください」

目の前にターバンーもとい包帯を巻いた店長が、湯気の立つ丼を持って立っていた。

「そちらはもう冷めてしまったでしょう。暖かいものとお取替えいたします。
先ほどのお礼です。

牛丼が冷めてしまったのは、この人を不審がっていて食べなかった自分の責任だ。さすがにそれは悪いので断ったのだが、さらにニッコリした笑顔で店長はこう続けた。

「私達はただ牛丼を売るためにこの場に立っているわけではありません。お客様に牛丼を食べていただいて、笑顔になってもらうためにここにいます。きっと今なら、あなたはとてもいい笑顔で牛丼を食べてくださるでしょう。ならば私は最高に美味しい牛丼をあなたに提供したい。」

なんてことだ。

初めからこの人は俺が牛丼を食べないのを、自分の容姿のせいだとわかっていたんだ。

それを責めたりせず、受け入れてくれたことを感謝していると言っているんだ。

初めて食べた、『牛屋』の甘醤っぱいタレがしみ込んだ牛肉とタマネギの絶妙なバランスの牛丼はの最高に美味かった。

ー・・・まいったな。

今までいろんな人と接してきた。それなりにいい出会いもしてきたつもりだ。

だけどー・・・見た目の見た目のインパクトの相乗効果もあってかー・・・

感動した。

熱々の牛丼を牛丼を食べきる頃、俺の決意は固まっていた。

「ごちそうさまでした!あー美味かった!さて、そろそろ帰るかー・・・ん?どうした松?」

俺は店の自動ドアの前で立ち止まり、店長とキノコがいる店内に振り返った。

「松野謙信 19歳!アルバイト希望です!
俺もー人を感動させる仕事がしたいです!」

俺は叫んだ。この高ぶる感情を抑えることが出来きず。

店内に緊張が走る。沈黙が続くほど、少しづつ自分がやってしまった痛さがこみ上げてきてつらい。

店長の笑顔はこちらを向いて固定されたまま。驚いているのか、呆れているのか表情が読めないからさらにつらい。

隣のキノコが薄気味悪く笑ったかと思うと同時に、店長が沈黙を破った。

「いい目をしている。」

彼は多分まっすぐ俺を見つめて、白く鋼のように鍛え上げられた手を差し出した。

タケダです。牛屋ウシハマ支店の店長をしております。
これからもよろしくお願いいたします。

この日を境に俺の人生は大きく変わっていくことになる。

ー・・

ー・・・・・

ー・・・・・・・・・・・・

ー・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと後悔している。

ちなみに、まかないってバイト初日からありますか?

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